2024年01月22日

2024年 令和6年 1月の日記

元旦 能登半島大地震で幕開け 翌日は 日航機の炎上と TVの画面に釘付けの新年でした。能登志賀町には 私の両親の実家 本家があるので 災害の大きさに 目が離せませんでした。そして 気がつくともう あと10日で 1月が終わろうとしています。
今年に入って 雪が 降りません。降っても気温が プラス0℃が多く 降っても20㎝ぐらい。高齢者にとっては 雪またじに 苦労する日が少なくありがたい日々を過ごしています。1月3日 近場の日枝神社へ 初詣 例年なら この階段には雪が 積もっておっかなびっくりですが今年は 雪なし。

 
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我が家から見る笠ヶ岳も里山には 雪がありません。この地に住みついて45年余り 初めての気がします 手前の空き地の枯草も 秋の様です。

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 昨年の10月に中部縦貫道の九頭竜インターが開通 冬場は富山経由でしか行けなかったのが ちょっと南に下がって 高速で福井まで2時間で行けるようになりました。地元のバスツアーに 昨年11月に予約をしてあり 中止にならず実行されると言うので 行ってきました。

途中の九頭竜湖ダム湖畔もたいした雪もなく 小雪がちらつくぐらいでした。

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東尋坊には 11時過ぎに到着 早めのランチを食べ海辺へ。昼食はもちろん蟹がメーンですが 越前ガニではありませんといわれましたが 美味しくいただき 食後は東尋坊へ

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能登地震から まだ1週間しかたっていないので3連休ですが 観光客もまばら
食堂では よくきてくださったとおかみさんが挨拶に出て見えました。

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海面まで 25メートル 自殺の名所だそうですが 下を見ると足がすくみますね。

この後 1乗谷朝倉氏遺跡に廻りました。

南北朝時代から 織田信長に敗れるまで 100年余 朝倉氏が築いた城下町が復元されています。発掘された遺跡が 保存され 当時の城下町のジオラマと 復元された 家々が 立ち並び 春のサクラの頃に再度来訪したいと思う遺構の地でした。

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博物館建設の事前発掘調査で見つかった石畳遺構が管内にとりこまれ まじかに見ることができました。

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又 朝倉当主の館の一部が原寸で再現されていました。

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一乗谷の朝倉氏と言う名前だけは知っていましたが 思っていたより見ごたえのある遺跡でした。 帰路立ち寄った道の駅で この地のお土産を買いこみました。

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石川県のとなりの県(福井県)と言うだけで地震の影響か 観光客のキャンセルが沢山出たと言うことでした。越前ガニは 安くても1杯@8000円以上 手が出ませんでした



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Posted by ままねず at 10:14 │Comments( 0 )
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